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著:ショウさん(@愚者の書庫)  絵:えもん氏

真闘姫 〜THE GIRL'S STRUGGLE FOR EXISTENCE〜 

第四十五話



〜井村亜希子襲撃後の深夜、自室にて・長谷川直美〜



「もったいぶらないで早く言いなさい。」
ニヤニヤしているアンドラスをうながすと、悪魔はやっと口を開いた。
「生け贄に人間を捧げる場合、
 術者の身近な者ほど悪魔は喜んで大きな力を貸してくれるのです。
 つまりは・・・そう、血縁者や恋人、友人ですね。」
悪魔が満面の笑みを浮かべつつ口にしたそのセリフを聞いて
自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。
じわじわと喉が渇いて舌が張り付きそうな気がする。
一度唾を飲み込んでから私は口を開いた。
「それは・・・そんなことは知っています。まさか名案っていうのはそんなことですか?」
「ええ、そのとおりですが?」
アンドラスは、さも当然とばかりに頷いた。
「そんな馬鹿げた事ができるわけないでしょう、
 私に両親や弟を生け贄に捧げろって言うのですか?」

幾分語気を強めた私のセリフを鼻で笑ってあしらうと悪魔は嘲笑を浮かべながら続けた。
「馬鹿げた事?何を今更・・・あなたの持っている『黒の聖書』の力が馬鹿げてないとでも?
 悪魔を呼び出して使役するほど馬鹿げた事がこの世にありますかね?
 ・・・気が付くのが遅すぎますよ。」
「・・・ふざけるのもいい加減にして下さいね、話はそれだけならこの部屋から出て行きなさい。」
もうこれ以上この悪魔と話をしたくなかった。
私の中の何かが、この悪魔を早く部屋から追い出せと警告している。

しかし、悪魔は立ち去ろうとはせずに、なおも嫌らしく笑っていた。
「我が主よ・・・黒の聖書の力には私も逆らえません、
 追い出そうと思えばすぐに追い出せるでしょう。
 しかし、これだけは言わせて頂きたい、我が主よ。
 古来より悪魔と手を結んだ人間は何人もいましたが、
 みな全て無惨な破局を迎えました・・・それはあなたもよくご存じのはずだ。
 人間ごときが小賢しい契約の力を持って悪魔を従えたとしても
 所詮は定命の者の浅知恵・・・我らが手を下さずとも自ら破滅してゆきました。」

悲惨な末路をたどった魔道師の話を挙げようとすれば枚挙に暇がない、それはたしかだ・・・
しかし、そんなことを言われても出来ないものは出来ない。
私が心の迷いを表情に出すまいと努力しているのを知ってか知らずか、悪魔はなおも続けた。
「あなたとて、黒の聖書がなければインプ一匹従える事は出来なかったでしょう。
 よろしいか?悪魔を従えるには・・・あなた自身も悪魔になるしかないのですよ?
 人間らしさと悪魔の力の美味しいとこ取りしようなどと甘い考えは抱かないことです。
 そんな事をなし得た人間は歴史上存在しないのですから。
 我が主・・・私はあなたに生き残って頂きたい、
 それが我らが眷属にとって直接の利益となるでしょうからね。」
そこまで悪魔が言い終える頃に私の喉はカラカラに乾ききっていた。
まだ机の上に残っていたポットから麦茶をコップに注ぎ、
一気に飲み干してから再び悪魔と向き合う。

「主よ、この期に及んでまだ何を迷うか?道はもはや一つしか残されておりません。
 今のあなたではあの二人の姫に勝つ事は望めず、
 味方であった者さえ敵に回してしまったのですよ?
 もはやあなたに力を貸す者は我らしかいないではありませんか。
 しかも、我らが頂点に立つあのお方に力を借りる事が出来れば、
 この地上で誰もあなたを打ち負かす事などできはしませぬ。
 今のあなたの家庭、人間関係・・・なるほど確かに小さな幸せかもしれません、
 しかし、それを捧げる事であなたは
 神にさえ闘いを挑まれたあのお方の力をお借りできるのですよ?
 悪い取引ではありますまい!」
「・・・。」
頭が混乱してくる・・・アンドラスの言う事は確かに一理ある。
もう私に味方はおらず、一人で立ち向かうにはあまりに大きな困難にでくわしているのだ。
そして、ルシファー・・・最初の天使にして堕天使・・・
彼の力を借りる事が出来ればおおよそ人間の野望、欲望は全て満たす事が出来るだろう。
心の中で何かが徐々に麻痺してくるのがわかる・・・
この時の私には、これがまさに悪魔の誘惑であることに気づく事が出来なかった。
悪魔はまじめくさった顔で私を見つめている。
私は・・・私は・・・。

「・・・アンドラス、儀式の準備を。この家を取り囲むように魔法陣を描いて。」
悪魔は心から満足したように笑って頷き、闇にまぎれるように姿を消した。
私も淡々と準備を始めた、もはや頭ではなにも考えていなかった。
そうするしかないのだと信じ切っていたからだ。
三十分ほど過ぎただろうか、悪魔が私の目の前に現れ準備完了の旨を伝えた。
私はただそれに頷いて玄関から外に出た。
家の正面に立ち自分の指先にカッターで小さな傷をつけて地面に血を垂らし、呪文を唱える。
「ヘイカァス、ヘイカァス、エステビィベイロイ・・・」
魔法陣が光を発し始める・・・
私の育ったこの家を、思い出を、親兄弟と共に私は悪魔に差し出すのだ。
不思議ともうなにも感じなかった、あれほどの葛藤がウソのようだ。
私も狂ってしまったのか、いや、私は悪魔使いではなく悪魔そのものになってしまったのだろう。
やがて、無数の悪魔達が魔法陣から沸いて壁を素通りし、家の中に入っていった。
そして、この世の終わりに直面したような悲痛な叫び声が聞こえ・・・静寂が訪れた。
悪魔達の歓喜の声が響き渡り、今までいかなる儀式でも経験した事がないような
膨大な生体エネルギーがその場に満ちあふれて行くのがわかった
これほどのエネルギーがあれば魔王の一匹や二匹呼び出せてしまえそうだ。
私はそのまま、ルシファーに呼びかけを始める。
しかし、ルシファーは私の呼びかけに答えない・・・
いくら念じてもまったく意志のようなものは感じられなかった。
「届かない?・・・全てを捧げたのに・・・なぜっ!?」
私は半狂乱になりかかってルシファーに呼びかけを続けた。



To be continued...

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