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著:ショウさん(@愚者の書庫)  絵:えもん氏

真闘姫 〜THE GIRL'S STRUGGLE FOR EXISTENCE〜 

第四十八話

 

〜水見町駅前繁華街・長谷川直美〜



"琴線の"音姫が現れてから数日たった日曜日の午後。
私は「儀式」を行うべくある人物を捜していた。
探索の魔術を使いその人物のおおよその位置を把握したところ、
どうやら県庁所在地である県の中心部・水見町にいるようだった。
あとはインプとアンドラスに空から捜させる事にする。
人一人を捜すには少々大きすぎる街だが、探索術と組み合わせればどうと言う事はなかった。
インプの案内で路地裏から、女の子と手を組んで表通りを歩くその人を肉眼で確認する。
私の一つ年下の幼なじみ、岩井 弘紀(いわい こうき)だった。

「風よ、我が声を届けよ。」
特定の人間にだけ自分の声を届ける呪法を使って彼に話しかける。
「弘紀君。」
彼が立ち止まり、あたりをキョロキョロと見回して首をかしげている。
隣の女の子が怪訝な表情で彼の方を見る。
気のせいと思ったのか、女の子と二、三言葉を交わしてから彼は再び歩き出そうとした。
「弘紀くん・・・岩井弘紀くん?」
私がもう一回名前を呼ぶと彼はまた歩き出すのをやめて、あたりを見回した。
顔色が変わったので声の主に思い当たったのかもしれない。
このままではどうしようもないので路地裏から一歩表通りに出ると、
あたりを見回していた彼と私の目があった。
彼は心底驚愕したようで、目を見開いていた。
私が微笑みかけると、彼はハッと気がついたように私の方へ駆け寄ってきた。
そこですかさず私はもと来た路地裏に駆け込んで距離をとり、奥の曲がり角で再び彼を待つ。
彼の姿が見えたらさらに奥に進んで彼が来るのを待つ。
これを繰り返して私は人気のないビルとビルに挟まれた袋小路にやって来た。
あとは彼の到着を合図にアンドラスが人払いの結界を張ってくれることになっている。
彼と私では足の速さにだいぶん差があり、さほど待つことなく彼は袋小路にやってきた。
彼は私の顔をじっと見つめ、確かめるようにゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

「・・・直美ちゃん・・・なの?」
「うん、そうだよ・・・久しぶりだね。今日は教会に行ってからデート?」
「そ、そんなことより・・・おじさんやおばさん、それに義也は・・・」
言葉を選ぶように、はき出すように彼は言葉を紡ぐ。
「えぇ、父さんも母さんも弟も、死んじゃった。」
「それはわかってる!こないだうちの教会で葬儀をやったよ。
 直美ちゃんのおじいさんとおばあさんとても悲しそうで、
 直美が無事で居る事を皆さんも祈って下さいって・・・
 僕が聞きたいのは、あの夜何があったのかってことと、
 今まで直美ちゃんがどうしてたのかってことだよ・・・。」
「あの夜、両親と弟は死んだ・・・私が殺した。」
私がそう言ったが、彼は全く表情を変えなかった。
「なんでそんなに落ち着いて、そんな馬鹿げた事が言えるんだよ!どうしちゃったんだ?」
そう言う彼は本当に悲しそうだった。
しかし、事実は事実、私は正直に本当の事を話しただけだ。
「本当だよ、私が殺したの。
 かわいそうな父さんと母さん、こんな娘を育てたばっかりに。フフフフッ・・・。」
自然にこぼれ出た私の笑みは幾分か狂気じみていたかもしれない、
私の顔を見ている彼の表情が引きつったからだ。
「そんなことあるわけないだろっ!」
「あるんだから仕方がないでしょう・・・それじゃ、嫌でも信じられるようにしてあげるから。」
そういって私は指を鳴らした。
それにあわせてバンダースナッチが姿を現し、みるみるうちに犬から怪物の形態に姿を変えると、
彼は事態の変化についていけないのかポカンとした表情で立ちつくし、
それから顔色がみるみるうちに青ざめていった。
「紹介するわね。これは魔界獣バンダースナッチ。『鏡の国のアリス』に登場する魔物。
 私ね・・・悪魔と契約したのよ、悪魔に魂を売ったの。」

「そ・・・そんなもの・・・いるはず・・・」
彼は声を震わせていた。あたりまえだがかなり動揺しているようだ。
「あなたもクリスチャンでしょう?
 神が存在するというなら悪魔がいたっておかしくない・・・ いえ、いて然るべきでしょ?
 実はね、弘紀くんをここに誘い込んだのはあなたにお願いがあったからなんだ。」
「な、なに?」
「私、もっと強い悪魔と契約したいの。だからその儀式のために・・・生け贄になって。」
彼はわなわなと唇をふるわせて絶句していた。
すでに事態が完全に彼の理解を超えてしまっているのだろう、無理もない。
私はあえて無表情のままで彼に近づいていくと、
彼は何とも表現しがたいほどかわいそうなぐらいのおびえた表情であとずさりする。
足を震えさせながら彼は声を絞り出す。
「いったいどうしちゃったんだよ・・・
 直美ちゃん、昔から誰にでもとても優しくて、真面目で親切だったじゃないか・・・
 僕、直美ちゃんの全ての人に対する優しさをホントに尊敬してたんだ、ウソだろこんなの!」
「ありがとう。でも・・・」
でも、私は弘紀くんに「尊敬」されても全然うれしくなんかないの・・・と言おうとして口を閉じた。
彼はついに腰を抜かして地面にへたり込んでしまった。
そこで私は黒の聖書を召喚して彼に微笑みかけながら人間の体の自由を奪う魔術を使った。
これでもう、彼は逃れる事は出来ない。
しかし、アンドラスが来るのが遅かった。彼にも儀式を手伝って貰わなければならないというのに。
人払いの結界はすでに張られているようなのでその辺にいるはずなのだが。
「アンドラス!遅いですよ、早く来なさい!」
「ククク・・・申し訳ございません。ゲストにご足労願っていたものですから。」
すると私たちがもと来た道から人の姿を取ったアンドラスが一人の女の子を連れてやって来た。
さきほど表通りで弘紀と腕を組んで歩いていた少女だ。
「なるほど・・・素晴らしいゲストですね。」
アンドラスに連れてこられた少女は
へたり込んでいる弘紀を見て駆け寄ろうとしたところをアンドラスに腕をつかまれた。
「ちょっと!何すんのよ、離しなさいよっ!」
よくみるとかなりのショートカットで活発そうな少女だった。
なんとかアンドラスをふりほどこうともがいている。
「弘紀!どうしたの!ちょっとっ!アンタ達なんなのよっ、大声出すわよ!」
すでにかなりの大声だが。
アンドラスは少々ゲンナリした様子で少女をたしなめる。
「お嬢さん、少々お静かに願えますかな。」
すると少女はアンドラスの方をキッとにらみつけていっそう暴れ出した。
アンドラスは肩をすくめるとカラスの頭を持つ真の姿に戻った。
少女はひっと息を呑んで動きを止めた。
「やっとおとなしくなって頂けましたな・・・。主よ、そろそろ儀式と参りますか。」
「えぇ、そうしましょう。アンドラス、あなたの剣を貸してもらえますか?」
「ククク・・・どうぞお使い下さい。」
そういって悪魔は炎に包まれた愛用の魔剣を召喚する。
バンダースナッチに指示して、柄の部分をくわえて持ってこさせると
私は剣を逆手に持ち、弘紀のすぐ側までやって来た。
もはや彼は動くことはおろか声を出す事すら出来ない。
「ヘイ・カース、ヘイ・カース、エス・ティー ビー・ベイ・ロイ、
 偉大なる明けの明星よ、今より捧げる我が供物を受け入れたまえ。
 ザーザース・ザーザース・ナーサタナーダー・ザーザース、
 黄泉の門よ今こそその扉を開き我が供物を偉大なる王に届けたまえ。
 父と子と聖霊のみ名において・・・Amen!」
呪文を唱えてから私は逆手に持った魔剣を高く掲げた。
「やめてぇぇっ!弘紀!!!」
アンドラスに捕まったままの少女が叫び声を上げた。
私はその少女に微笑みかけると弘紀に視線を戻して剣を振り下ろそうとした時、
弘紀の唇がかすかに動き、声にならない言葉をしゃべろうとしていた。
「・・・あ・・・の・・こに・・・は・・・」
術に抵抗して口を動かそうとしている。大した精神力だ。
「なぁに?最後に言っておきたい事があるの?」
私は術を限定解除した。
「あの子は・・・深澄(みすみ)だけはみのがしてくれよ・・・お願いだから・・・」
「・・・言いたい事はそれだけですか?」
私の心の中に沸々と何かわき起こるものがあった。
「深澄っ、逃げろっ!!!」
そのセリフを聞いて私の中で何かがはじけたような気がして、
私はそのまま剣をまっすぐ彼の首をめがけて振り下ろした。
おそらく彼は即死だっただろう。鮮血があたりに飛び散る。

少女がめちゃくちゃに叫んでいるのが聞こえた。
彼の鮮血を浴びたままに私は少女に近づいていった。
必死でアンドラスをふりほどこうとしているが、無駄な所行だ。
しまいにはあきらかに足に力が入らなくなっていて、
アンドラスが支えていなければへたり込んでいるだろう。
「さてさて、この騒がしいお嬢さんはどうしますか?
 たいして生け贄の役には立たないでしょうが・・・。」
「幼なじみのよしみで彼の遺言は聞いてあげましょう。」
「ですがそれでは・・・」
「逃がす前に一つだけ・・・」
私はおびえていやいやをする少女の額に手を伸ばし、手のひらを当てた。
「今この場で見聞せしことの一切が汝の記憶に終生とどまらんことを・・・Amen。」
彼女の額に弘紀の血液が付着した。
これで今目の前で起きた出来事の一切は
彼女の中で常になまなましく一番強い記憶として残り続けるだろう。
「フハハハッ、たちの悪い呪いですな!主よ、まったくもって良い趣味をしておりますな。」
「フフッ、悪魔に言われたくはありませんね・・・
 さて、アンドラス、あなたが持っていた生体エネルギーを。」
「ははっ、ただいま。」
アンドラスは宝石状にした生体エネルギーを取り出した。
この場にはすでに弘紀を生け贄に捧げたことで
充満していたエネルギーに両親と弟を捧げたエネルギーが加わって
この場に異様な雰囲気が漂い始める。
「開きますぞ・・・地獄への道が・・・。おぉ・・・あのお方の力を感じる・・・。」
アンドラスはなにかに酔ったようにそういうとその場で膝をつき、
今まで抱えられていた少女はガクッとへたり込む。
私も今まで感じた事もないような途方もない気配・・・いや、プレッシャー?
とにかくとんでもない存在が近づいているのを感じた。
「こ・・・これが・・・ルシファー・・・?」
門が完全に開き、いよいよ自分の存在が吹き飛んでしまいそうな途方もないプレッシャーを感じる。
もしも本当に神というものが存在するなら、
そしてそれが目の前に現れたらこんな感じなのかもしれない。
そしてその存在が私に直接意志を伝えてくるのがわかった。
言葉ではない・・・意志が直接流れ込んでくる・・・。
私は自然と跪いて頭を下げていた。
どうやらこの存在は私に加護を与える事を約束してくれたようだ。
そして、その巨大な存在の気配は消え去った。
あとには呆然とした私とアンドラス、
縮こまっているバンダースナッチとインプ、気を失った少女が残された。
「ルシファーの加護を・・得た?」
「我が主よ・・・おめでとうございます。これであなた様は人類史上最大の魔術師となりました。」
今ひとつ実感に欠けたが、どうやら私は巨大な力を手に入れたようだ。
その時、手に持ったままだった黒の聖書が光を放った。
そして最初に契約したときに聞いた声が頭の中に響く。
「汝を我が正式の所有者と認める。
 これより汝は"凶音の"忌姫("きょういんの"いみひめ)と名乗るがよい。」
「私が正式な姫に・・・。」
「フハハハッ、今日はなんとめでたい日だ!それでは私からささやかな贈り物をいたしましょう・・・」
アンドラスが二、三言呪文をつぶやくと私の着ていた服が漆黒のイブニングドレスに替わった。
首には逆十字架をあしらったいぶし銀のネックレスが掛かっている。
「少し、大人っぽすぎませんか?」
肩と背中ががら空きでどうも落ち着かない。
「いえいえ、お似合いですよ。」
「まあ、ありがたく頂いておきます。
さて、この娘はここに放っておけば良いとして。。後かたづけは頼みましたよ。」
「御意。」
後はアンドラス達に任せて一足先に廃ビルに戻った。
今日この地上に一人の悪魔が誕生したのだった。


To be continued...

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