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著:ショウさん(@愚者の書庫)  絵:えもん氏

真闘姫 〜THE GIRL'S STRUGGLE FOR EXISTENCE〜 

第五十五話


〜鶺鴒公園・雪姫〜

道のそこら中に倒れる痩せこけた死体。
餓鬼のごとく死体をむさぼる人。
これは・・・そうだ、私がいつも見る夢。
自分が夢を見ている事に気が付いたその時、血の臭いのする強い風が頬を撫でていった。
この風は・・・夢ではない!
私は闘っていた!
即座に目を開き体を起こそうとする。
「くぅっ!?」
全身に走る激痛。
そのせいで、意図したより遙かに緩慢な動作で私は体を起こした。
「・・・・!?」
起き抜けに見えた光景は私が倒れる瞬間の最後の記憶からは全く予想できないものだった。

血まみれになって地面に倒れている長岡澪がいた。
距離があったので確信はないが彼女はこちらを見て少し微笑んだ気がした。
私はよろめきながら立ち上がって弓矢を構える。
血に染まって倒れる澪の側に、黒い翼を持ち禍々しい気配を漂わせる少女が立っていたからだ。
彼女が私の方を向いて微笑むと、その左手にあった、炎の剣が姿を消し、
代わりに、古めかしい装丁の一冊の本が現れた。
私はその本を見て愕然とする。
「・・・黒の聖書・・・あなたは?」
私が矢を向けながら尋ねると少女は優雅に一礼してから応えた。
「初めまして。私は"凶音の"忌姫・・・元の名前は長谷川直美と言います。」
聞き覚えのある名前だ。
「!・・・あなた、行方不明になっていたはずの・・・」
「ふふっ、ありがとうございます、知っていてくれたなんて光栄ですね。
 御劔翔子さん・・・、将姫さんとはもう顔見知りなのですけれども。」
「・・・そんなことはどうでもいいわ・・・長岡澪を殺したのはあなたね?
 あなた達同士も争っているの?」
すると忌姫はいかにも芝居ががった大げさな仕草を交えて悲しそうな表情をしながら答えた。
「そういうわけじゃありません。
 いろいろあって、彼女が斬りかかってきたのでしかたなく応戦したんです。
 ま・・・おかげでこれも手に入りましたが。」
そう言うと、忌姫の右手の爪が正常な長さに戻り、手の中に嵐の魔剣が現れた。
嵐の魔剣の所有者である長岡澪を倒した忌姫は、
ハイブリッド<多重契約者>になったというわけだ。
「・・・手間が省けて助かる。
 事情はともかく、それを持っているかぎり、私はあなたを殺さなくてはならない。」
言うと同時に放った凍結ノ矢を忌姫は宙に舞い上がってかわした。
「おっと・・・。あはっ、その体で無理はしない方がいいと思いますけど。
 それに、二つめのアイテムを手に入れたこの私と闘うのは
 万全だとしても分が悪いんじゃないですか?」
そう言ってから彼女は二、三言の呪文を唱え、火球を放ってきた。
即座に吹雪ノ矢で火球を射ると、それはあっさりと消えた。
そればかりか吹雪ノ矢は勢いを弱めながらも忌姫に向かって飛び、
幾分規模が小さめながら吹雪を巻き起こした。
「えっ?そんなはずは・・・」
空中で吹雪に翻弄されながら体勢を整えようとしつつ困惑の表情を浮かべる忌姫。
自分が思った通りの威力がでなくて戸惑っているようだ。

それは彼女が黒の聖書と嵐の魔剣を同時に発現しているせいなのであるが、
そんなことを教えてやる義理はない。
私たちは、一つのアイテムを使うときでもそのアイテムの力を全部引き出しているわけではなく、
むしろ、自分の扱いきれる程度のレベルまで、無意識にアイテムの力を抑えて闘っているのだ。
私の極寒の弓矢も、本来この弓が打ち出す矢は「太陽ヲ射ル一矢」だけであり、
凍結ノ矢、吹雪ノ矢などは、「威力を抑え効果を限定した太陽ヲ射ル一矢」にすぎない。
仮に十割の力を引き出すことができたなら、自在に必殺の矢を乱射できるだろう。
まして、複数のアイテムの同時発現となると、
各々を自分の扱える限界まで引き出すにはそれなりの訓練が必要で、
いきなりやろうとすれば、仮に一つのアイテムを四割の力で使えるとしたならば、
二つ同時に発現すると二割ずつしか使えなくなってしまう。
本当はここまで単純な話ではないのだが、
簡単に説明すると今の忌姫はそんな状態なのである。
「・・・アイテムは沢山持っていればいいというものでもないのよ。」
そう、複数持っていたとしても
まずは一つのアイテムから引き出せる力を増やすことを考えた方が得策。
「くっ、負け惜しみを。」
顔を歪めながら忌姫は吐き捨てる。

「・・・負け惜しみかどうかは、身をもって知るといいわ。」
私はそう答えてもう一度吹雪ノ矢を放ち、立て続けに凍結ノ矢を射た。
やはり忌姫の周りには澪の時ように風が巻き起こることはない、
嵐の魔剣の力も引き出せていないようだ。
吹雪ノ矢は忌姫の周りに吹雪を巻き起こし、
次に放った凍結ノ矢がその吹雪の雪を核として、それを大きな氷に変える。
「きゃああっ、これはいったい・・・!?」
大粒の氷のつぶてを四方八方から食らって、忌姫は木々の間に墜落した。
金剛雨・・・それがこの技の名前だ。
空中にいた忌姫には効果覿面だっただろう。
そして私は精神の集中を始めた。今度こそ、奥義を放つために。
精神を集中し、目を瞑ると忌姫の気配を感じた。
距離はおよそ50mほど。
私と標的の間にある障害物は五つ。木と・・・水銀灯。
しかし、太陽ヲ射ル一矢の前には、そんなものは無いも同然だった。
「・・・捉えた。」
戦闘段階、標的確認。排除開始。
私は目を瞑ったまま必殺の矢を放った。
すさまじい吹雪を巻き起こして太陽ヲ射ル一矢は忌姫の方へまっすぐ飛んでいき、
悲鳴が聞こえた。
私の放った矢は通り過ぎた場所にあるものを全て凍てつかせつつ、
四本の木と水銀灯を貫通して忌姫を貫き、
さらにその後ろの木々を貫いて、その奥にある何か建物の壁に突き刺さったようだ。

「・・・んっ。」
もともとダメージを受けていたのと、奥義を使った事による疲労で私は地面に膝をついた。
少し呼吸を整えてから立ち上がり、矢の飛んでいった方へと歩きはじめる。
木々の間には、半身を凍り付かせてよろよろと立ち上がりながら肩で息をする忌姫がいた。
左胸を押さえているが、その手の間からは止めどもなく血が流れている。
・・・おかしい、生きているので、まさかはずしたのかと思ったのだが、たしかに左胸を貫いている。
私の怪訝そうな表情を見て、忌姫は息を切らせながらもにやりと笑った。
「・・・不思議・・・そう・・・です・・・ね・・・?」
「・・・ええ、どんなカラクリ?」
「・・・ふふっ・・・手品の・・た、種は、あ・・・明かさないものですよ。」
「・・・そう、どちらにせよ私はあなたが死ぬまで矢を射続けるわ。」
そう言って私が氷牙ノ矢を放つと、それは身をそらした忌姫の右肩を貫通した。
「・・・うくっ!・・・さすがですね、今日の所は失礼します。」
私は間髪入れずに次の矢を放ったが、
忌姫はふっと姿を消して、矢は何もない空間を通り過ぎただけだった。
「・・・しまった・・。」
アイテムを二つも目にしながら一つも取り戻せないとは、とんでもない失態を演じてしまった。
これでは闇姫様に合わせる顔がない。
私はその場にどさっと座り込んだ。
ダメージはかなり大きいが、少し休めば動けないこともなさそうだ。
が、ほっと一息ついたところで私は由美子のことを思い出した。
おそらくまだ気を失って倒れたままだろう、急いで行かなくては。
私は半ば無理矢理立ち上がって由美子の所に向かった。
走る体力も残っていないが、できるだけ急いだ。

その場に戻ってみると、やはり由美子はまだ地面に倒れたままだった。
私は側まで行って由美子の上半身を起こし、体を揺すりながら声をかけた。
「・・・由美子・・・由美子?」
起きる様子がないので、背中から活を入れて目を覚まさせた。
「・・・ん・・・あれ?雪乃?私どうしたの?」
どうやら記憶が混乱しているようだ。
これは目を覚ましたばかりだというだけではない。
由美子は澪を追ってここまで来た。
しかし、アイテムの所有者が死ぬと、"存在そのもの"を契約アイテムに吸収されてしまう。
すなわち、はじめから長岡澪という人間は存在しなかったことになっている。
アイテムに喰われた者を記憶しているのは、アイテムの契約者だけである。
長岡澪という存在を失った世界は、今、つじつま合わせをしているのだ。
そう言えば、死んでいた男も居たはずなのだが、死体はおろか血痕まで消えている。

「・・・私と一緒に公園に来たでしょう?
 少し別行動してるうちに私が倒れているあなたを見つけたの。」
私がそう言うと、由美子がはっとしたような表情になる。
「わ、私そう言えばナイフをもった人に襲われて・・・でも、あれ?」
「・・・よくわからないけど、怪我は無いようよ?
 ところで、もうそろそろ帰った方がいいと思うのだけど。」
私がそう言うと由美子は腕時計に目をやって頷いた。
「ん・・・そうね、でも、私たち何でこんな時間に公園なんかに来たんだったっけ?
 ・・・あれ?あれ??」
由美子の目から涙が出ていた。
「なんで私泣いてるの?おかしいね。理由はよくわからないんだけど、とても悲しくなったの。」
涙を拭きながら由美子は首をかしげていた。
「・・・はい、ハンカチ。とにかく帰りましょう。」
「ありがとう、うん、わかった、帰ろう。今日はなんだか疲れちゃった。」
私も疲れたどころか、正直その場にへたり込みたかったのだが、
平気なフリをして由美子と一緒に家路についた。
「あれ?雪乃・・・なんか傷だらけだし服も汚れてるじゃない、どうしたの!」
明かりに照らされた私を見て由美子が驚きの声を上げる。
「・・・倒れてる由美子を見たらあわててしまって茂みの中で転んでしまったの。」
「え、ごめんなさい!でも、雪乃がそんなに慌てるなんて珍しいよね。」
「・・・たまにはそんなこともあるわ。」
「ん、そっか。」
由美子を家まで送ってから私は体を引きずるようにして帰ってきた。
今日の出来事を早く報告しなくてはならない。
"凶音の"忌姫・・・必ず仕留めてみせる。


To be continued...

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