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著:ショウさん(@愚者の書庫)  絵:えもん氏

真闘姫 〜THE GIRL'S STRUGGLE FOR EXISTENCE〜 

第六十五話

〜廃工場前・井上理沙〜

突然現れた長谷川さんが口にした言葉の意味するところがよく分からないまま、私は突っ立っていた。
「・・・あの・・・それはどういう・・・意味?」
やっと紡ぎ出した私の返答がおかしかったらしく、長谷川さんはクスクスと笑いながら答えた。
「どういうも何も、そのままの意味です。私は行方不明のままでいたいのですよ。
・・・あなたのお名前、なんと言いましたっけ?」
なんで突然名前を尋ねられるのか話が飲み込めず、言葉に詰まっていると、
代わりに佐伯君が答えた。
「井上理沙です。」
「あら、素敵なお名前ね。それで、井上さんは佐伯君を迎えにいらしたわけですね?」
「え?!えぇ。で、でも、もう帰りますから。」
ここで言われて当初の目的を思い出したものの、完全に逃げ腰になっている私に、
微笑みながらゆっくりと近づいてくる長谷川さん。
その顔はとても優しいのに、なぜか私は後ずさりをしてしまう。
「そんなに慌てて帰らなくてもいいじゃありませんか。
 ・・・こちらとしても帰って頂くわけにはいきませんし。」
「ど、どういう事情があるか知りませんけど、
 長谷川さんに会ったことなんか誰にも言いませんから!」
よくわからないけれど、この場はなんとしても帰らないとヤバイような気がしてきた。
「ふーん、佐伯君をここで連れ帰らなくてもいいのかしら?」
長谷川さんはそう言って意味ありげに笑うと、私の横を通り過ぎて佐伯君に近づき、
彼にしなだれかかるように肩に手を回した。彼は表情一つ変えずにされるがままになっている。

その時、おそらく誰が見てもはっきり分かるほど私の顔色は変わったのだろう。
自分でも頭に血が上って、心拍数が上がっていくのがはっきりと分かった。
「長谷川さん、何が言いたいんですか?」
「ふふっ、さっきまであんなにビクビクしていたというのに・・・怖いですね。
 あなた、彼のこと好きなのでしょう?」
「っ・・・!」
しゃべりたい言葉が沢山ありすぎて何を口にすればいいのか分からなかった。
心臓の鼓動がどんどん早くなっていくのを感じながら、次に紡ぎ出すべき言葉を用意しようとする。
「あははははっ!そんなに顔を真っ赤にしなくてもいいじゃありませんか!
 はっきり言って、まるわかりですよ。」
心底楽しそうに笑い、涙をぬぐいながら彼女は続けた。
「ふふっ・・・あははっ・・・・ごめんなさい、笑いすぎですね、私。
 気を悪くなさったら謝ります。
 ・・・ですが、残念なことに、彼の心は既に私のものです。」
そう言って彼女は口の端を歪めるように笑った。

あからさまに挑発されて私は歯の軋みが分かるほど食いしばり、
いつの間にか拳を握りしめていた。
その様子を満足そうに眺めつつ、長谷川さんは佐伯君に頬を寄せて嘲笑を浮かべた。
「ふふ・・・悔しいですか?悔しいですよね。
でも、私のお願いを聞いてくれたら、彼を譲ってあげてもいいですよ?」
このセリフが私の頭を完全に沸騰させた。キレるとはこういう事を言うのだろうか。
長谷川にツカツカと歩み寄り、思いっきり平手を叩き込もうとした時、
その腕を痛いほどに強く捕まれた。
驚いて確認すると、私の腕を掴んでいるのは佐伯君だった。
必死にふりほどこうとするけど、私の腕はぴくりとも動かなかった。
なんだか涙がこぼれてきた。

「佐伯君っ!しっかりしてよ!なんであんな事言われて黙ってるのよ!なんでこんな人かばうの!」
そう、私は自分が小馬鹿にされたことより彼をまるで物みたいに言われたのが許せなかったのだ。
しかし、当の本人は無表情に私を見据えて腕を放そうとしてくれない。
そこでまた長谷川さんがさもおかしそうに笑う。
「あはははっ!だから、言ったでしょう。今の彼は私の忠実な下僕なのですよ。
 自らの危険も顧みず私のことをかばってくれます。ね?佐伯君?」
そう言って長谷川は彼の頬に軽く口づけをした。
空いている方の手で再び平手打ちをしようとしたが、やはり佐伯君に阻まれてしまった。
両手を捕まれてもがいている私を嘲笑う長谷川。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ、もう一度言いますが
 私の言うことを聞いてくれたら彼の心はあなたのものですよ?」
「バカなこと言わないでっ!佐伯君はアンタのことあんなに心配してたのにっ!
 人の心をなんだと思ってるの?!」
「ふふふっ・・・悔しいですか?私が憎らしいですか?」
「ええ!アンタなんか人間のクズよっ!」
「ずいぶんな言われようですね、まあ仕方がないですけれど。
 井上理沙さん、私が彼にしたことを償わせられるなら、
 どんなことをでもしてやろうなんて思ってますか?」
「どこまで人をバカにすれば気が済むのよ!
 アンタをひっぱたけるならなんだってやってやるわよ!」
長谷川がにんまりと笑った気がしたけれども、
完全にブチ切れていた私には気づきようもなかった。

「まあ、恐ろしい。
 ですが、残念ですけど悪魔に魂でも売らないかぎり私に触れることすらできませんよ?
 井上理沙さん、あなたはそこまでしてでも私を殴りたいって言うんですか?」
「だから!なんだってやってやるって言ってるじゃない!もうっ!放してよ佐伯君!!!」
さらに何かを言おうとした長谷川が一瞬怪訝そうな顔をすると、辺りを見回し始めた。
「今更ごまかすつもり?!絶対アンタのこと許さないからねっ!」
そこまで怒鳴り散らしたところで、私も突然漂ってきた甘いけれどもしつこくなくて、
さっぱりとした柑橘系の香りに気が付いた。
何かの柑橘類だとは思うのだけど嗅いだことのないとても不思議な香りだ。
なんだか心がすうっと落ち着いてきて、穏やかな気分になってきた。この香りのせいだろうか。

「あれ、ずいぶんと久しぶりに見る顔がいるねぇ・・・。」

とても馴染みのある声が聞こえてきた。演劇部部長・水田七瀬さんだ。



〜廃工場前・水田七瀬〜

井上を送り出すときに、探す手間を省こうと思ってトレース用の香りを付けておいたんだけど、
まさか、こんな場面に出くわすとは思いもよらなかった。
現実は演劇よりも奇なり、ってとこだろうか。

「井上がおそかったから向かえに来たんだけどね。
 佐伯もいるじゃないの、お前は一度部室に来い。」
「水田さん、お久し振りですね。」
敢えて応対を後回しにしてやったら無表情になる直美、これはムッとしている証拠だ。
「久しぶりだねぇ、直美。久しぶりに会ったと思ったら修羅場ってるし。訳を聞こうじゃないのよ。」
「さあ?何のことだか。」
すっとぼける直美を少々挑発することにする。
「ふんっ、ろくすっぽ男とも付き合った事無いクセにいきなり悪女を気取るつもり?お笑い種だよね。」
「っ!・・・水田さんには関係のないことです。」
直美の表情に微かに、だけど明らかに苛立ちが見えた。よしよし。

「まあね、そう言われちゃあおしまいだけどさ。
 それなりに長い付き合いだし、私がそれで引くとは思ってないでしょ?
 アンタが姿を眩ましたおかげで、ずいぶんとこっちは迷惑蒙ってんだからね。
 話ぐらい聞かせなよ。」
そのままずいずいと直美に詰め寄ろうとしたら佐伯が突然間に割って入ってきた。
あれぇ?コイツ、こういうキャラじゃないだろう。
「佐伯、私は直美と話をしたいんだけどね。
 アンタにも話はあるんだけど、今日は井上を送って帰りなさいよ。」
それでも無表情に私の前に立ちふさがる佐伯。
おかしいなぁ、人の心を和ませる香りを放ってから来たんだけど。
仕方がないので佐伯を押しのけて直美の方へ行こうとしても全然どけようとしない。
佐伯のクセに生意気な。
少しムキになってさらに強く押しのけようとしていると、直美が「佐伯君、良いですよ。」と声をかけた。
そのとたんにすっとよけるもんだからもんどり打ちそうになったじゃないか。
何事もなかったかのように努めて冷静に直美と向かい合う。

「ちょっとアンタとはサシで話したいんだけどね、
 今日はもう遅いしさ、この二人もいるし。時間作ってくれない?」
「・・・まあ、いいでしょう。土曜の夕方なら大丈夫?学校帰りによく寄った公園でどうです?」
「オッケー、決まりね。・・・言っとくけど、私、ちょっと怒ってるから覚悟しときなさいよ。」
「ふふっ、私にはちょっとどころではないように見えますけれどね。
 いいでしょう、心に留めておきます。
 それでは佐伯君、彼女を無事家まで送り届けてあげてくださいね。」
佐伯は頷いて、井上を促して帰っていった。
なんだか井上は釈然としないような顔をしていたけど、
まあ、私の香りの効果が切れる前に帰り着くでしょう。
二人の姿が見えなくなると、直美も二、三言の呪文を唱えて姿を消してしまった。
あーあ、便利な能力だこと。

「さて、もうちょい部活の方を見て帰りますか。」

私はもと来た道を引き返して我らが部室へと向かった。



To be continued...

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