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著:ショウさん(@愚者の書庫)  絵:えもん氏

真闘姫 〜THE GIRL'S STRUGGLE FOR EXISTENCE〜 


第六十八話


〜赤口東公園・忌姫(長谷川直美)〜

まんまと七瀬のペースにはめられてしまった。
まだ効果のわからないラストノートが気になるが、じっとしていても埒があかない。
呪文が唱えられないなら剣で切り刻むまでだ。
ごく自然の成り行きでアンドラスの炎の剣と
長岡さんから奪った嵐の魔剣を呼び出してかまえる。
七瀬のことだ、ここまでも彼女のシナリオ通りだろう。
さて、どう来るものかと様子を見ていると、
七瀬は全く無造作に歩いてきた。とても何か策があるとも思えない。
さすがの私もごく普通に歩いてくる人間に剣を向けるというのはやや戸惑いを禁じ得ない。
が、真正面から向かってくると言うのなら斬りかかるしかないだろう。

私は様子見程度ではあるが、当たれば確実に七瀬の首と胴を刎ねる斬撃を繰り出した。
・・・繰り出したのだが。私は次に起こった事態をにわかに飲み込むことができなかった。
両手の剣の斬撃をすり抜けて七瀬が私のふところに、
全く同じペースで歩きながら踏み込んできたのだ。
口が麻痺して驚きの声すら上げられないが、出せるものなら私は声を上げていただろう、
そんな私を見て七瀬がニヤリと笑った。
「さぁて、まずは井村さんの分ね。」
そう言うと七瀬は私の右頬を思い切り平手でひっぱたいた。
かわされるとは思っても見なかった剣を振り下ろした直後の私に
これをかわすことなどできなかった。
本当に普通のいわゆるビンタで、
今の私には痛くもないがその衝撃は顔を背けさせるのに十分だった。
「次!長岡さんの分!」
今度は襟首を掴んでの凄まじい往復ビンタ乱れ打ちだったが痛みは感じないので、
私はされるがままになりながらさっきの現象の事を冷静に考えていた。
私自身は剣など握ったことはなかったが、
さっきの斬撃はアンドラスの剣術をトレースしたもので
並みの人間にはかわせるものではなかった。
七瀬が何か武道の類をやっていたという話は聞いたことがないし、
多少やっていたところでどうにかなるものでもないはずだ。

そこまで考えたところで七瀬が殴り疲れたのか、私の襟首を放した。
「ふう、長岡さんはアンタに殺されたんだからこれぐらいでも安いもんでしょう?
 って・・・アンタ、全然堪えてないわね。
 せっかく私なりにアンタに落とし前付けさせてあげようってのにさ。
 まだ佐伯と井上の分が残ってんだ、覚悟しなよ。」
まったく、七瀬は変わっていないな。
少し笑みがこぼれそうになったが、彼女の心を逆撫でしそうなのでガマンする。
そして、もう一度両手の剣で七瀬に斬りつけたものの、
やはりその刃は七瀬にかすりもしなかった。
「無駄だってば。さあ、今度は佐伯の分だ!」
かなり良い感じの右ストレートが私の顎を正確に捉えた。
相手はよける素振りすら見せずに
こっちの攻撃をかすらせもしないのだからたまったものじゃない、
こんなものかわせるものか。
ん・・・?まてよ、よけようともしない?
そうだ、七瀬は攻撃をよけようとすらしていない、
なのに私の剣が当たらないと言うことは、すぐ思いつくだけで二つの可能性が考えられる。
一つは不可視のバリアのようなものを張っている可能性。
もう一つは何らかの作用で私の方が攻撃を外してしまっている可能性だ。
すかした剣に手応えがないことから一つ目の可能性は低い。
また、七瀬のアイテムの性質から言っても、後者の可能性の方が高いように思われる。
「ほら、ぼやぼやしない!最後に井上の分があるんだからね。」

自分の考えを検証するために私は今一度、今度はやや動作を小さくして斬りつけてみたが、
やはり彼女は微動だにしていないのに刃が当たることはなかった。
ようやくラストノートとやらの正体が見えてきた。
「ほらあ!最後の井上の分だよっ!」
七瀬がもう一発右ストレートを放ってきたが、
相手の攻撃に反応する余力を残していた私はこれを軽くよけて見せた。
「うおっとぉ。かわすなよ、落とし前付けさせな!」
そんな七瀬に斬撃を浴びせるが、
バランスを崩しているにもかかわらずやはり私の攻撃は当たらない。
ならば、これならどうだろう。
私は炎の剣の魔力を解放して、七瀬に向けて炎の渦を放つ。
これは動作だけでできることなので、呪文が封じられていようが関係ない。
「うわっ!何すんのよ!」
初めて七瀬がのけぞったが、
確実に当たるタイミングであったにもかかわらず炎の渦は七瀬から外れた。
原理は不明だが、どうやら私が七瀬を攻撃しようとすること自体を
私自身に邪魔されているようだ。
私が自分の意志で攻撃をするのがいけないというのならば・・・無差別な攻撃。
そうだ、手当たり次第なんでも破壊するような力。それならいけそうだ。
とはいうものの、魔法無しにそんなことができるならば苦労はない。
嵐の魔剣の力が使えれば問題ないのだが、まだ私はこの剣の力を引き出せずにいるので、
今のところこれはただの刃物に過ぎない。
あれこれ考えているうちに、七瀬が再び私の方に鉄拳制裁を下しに来た。
痛くはないが喰らっておもしろいものでもない。
私は背中の翼を消して、代わりにバンダースナッチの力を開放した。
体中の筋繊維が数倍にふくれあがったような感覚を覚える。
そう、私は正式に姫となった時、アンドラスとバンダースナッチをこの身体に吸収したのだ。
魔力をそのまま細胞に置き換えられるようになったのもその時からである。

バンダースナッチの力を解放した私はまさに肉食獣のような、
いやそれ以上の俊敏さで七瀬の横を駆け抜けた。
「ええっ!?」
七瀬が目を大きく見開いて驚いている。
私はそんな七瀬を放っておいて手当たり次第に周辺の樹木を切り倒す。
無論、切り込みは七瀬の方向に倒れるように狙ってだ。
私は獣の腕力を乗せた斬撃で小枝のように易々と木々を切り倒していった。
地響きを立てて七瀬の方へ木々がどんどん倒れていく。
「へっ!?ちょ、ちょっと!うわああっ!!」
七瀬が大あわてで一目散に逃げ回り始めた。
どうやらラストノートの効果は勝手に倒れてくる木を防いでくれないようである。
おおむね私の推測は正しいようだった。形勢逆転というやつである。
しぶとく逃げ回る七瀬だったが、こちらは落ち着いて七瀬の先を読み、
獣のスピードで木を倒してやれば良いだけなのだ、
やがて逃げ切れなくなるのは自明の理だった。
「うわっ、ちっきしょ!」
足を滑らせた七瀬が転んで毒づいたその時。
一本の両手で掴みきれるかどうかと言う程度の太さの木が七瀬の両足の上に倒れ込んだ。
「うああっ!!」
痛みか驚きか、おそらくは両方だろう七瀬は派手に悲鳴を上げる。
苦悶の表情を浮かべて呻きながら木を必死によけようとする七瀬に
私はゆっくりと近づいて首筋に嵐の魔剣を押し当てようとした。
が、やはり私が直接七瀬に刃物を突きつけることはできないようだ。
「へへっ・・・い、一本・・・うっく・・・と、とられちゃったね。」
脂汗を流しながらも無理矢理笑顔を作って軽口を叩く七瀬、気丈なものだ。
「で、でも、アンタが直接私にとどめを刺すことはできないよ。」
まあ、この状態で頭めがけて木を切り倒してやれば済むことなのだけど、
さすがにそれではおもしろくないし、
ここまで私を苦しめた七瀬には多少の敬意を払うべきだろう。
私は七瀬の足に乗っかっている木の幹を全力で踏みつけた。
七瀬を踏むことはできなさそうだが幹を踏むことはできた。
そして、今の私の筋力は尋常ではない。
「きゃあああっ!!!!」
コキッと嫌な音がして、七瀬が珍しく女の子らしい悲鳴を上げた。
七瀬は涙を浮かべて呻いている。
もはやしゃべる気力もないようだ、七瀬は肩で息をするだけだ。
なんのことはない、後は香水の効果が切れるのを待つだけだった。
ものの数分もすると私は口が聞けるようになった。
「とても楽しかったですよ水田さん。でも、これで詰みですね。」
「ふんっ、悔しいけど、そうみたいね。」
七瀬は苦笑いをしながら答えたが、その身体は微かに震えていた。
「アナタ、私を殺すつもりで来なかったでしょう?
 説得できる気でいたわけですね。甘いです、それが最大の敗因ですよ。」
七瀬は舌打ちして、また苦笑する。
「どうせ呆れるほどあまちゃんさ・・・あのさ、どうせ命乞いしても助けるつもりないだろうし、
 こっちも命乞いなんかしてやんないけど、最後に一つ。」
「なんです?」
「演劇部の連中にこれ以上ちょっかいださないでよね。
 これぐらい聞いてくれたっていいんじゃない?
 井村さんだってそろそろ元気になるし、もう一人の子も健在よ。アンタ一人でどうやって・・・」
こうやって話を長引かせながら七瀬はきっと反撃する機会を狙っているはずだ。
七瀬の香水は何かと面倒そうだ、あんまり付き合っているわけにもいかない。
「まあ、それぐらいは聞いてあげても良いです、友人のよしみでね。
 じゃ、そろそろお別れしますか。」
「あーっと、ちょっとせめて最後までしゃべらせなさいよー!」
「ダメです。」「ケチ。」
苦々しい表情を浮かべた七瀬に向かって私は剣を振り上げた。


To be continued...

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