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著:ショウさん(@愚者の書庫)  絵:えもん氏

真闘姫 〜THE GIRL'S STRUGGLE FOR EXISTENCE〜 

第五十三話


〜鶺鴒公園・長岡 澪〜

「くっ・・・今のは・・・?」
矢部さんが私に向かって矢を射んとしたちょうどその時、目の前で稲光がきらめき爆発が起きた。
なんとかそこまで思い出し、吹き飛ばされて倒れた体をゆっくりと起こす。
全身を打ったせいか少々体がしびれているけれども幸いにして大きな怪我はないようだ。
立ち上がって辺りを見回すと、私の14,5メートル先に矢部さんが倒れていた。
彼女の方はほぼ直撃だったのか、意識が戻っていないようだ。
私に比べれば、ダメージはかなり大きかっただろう。

・・・私は、彼女に止めを刺さなければいけないのか。
ゆっくりと倒れている彼女に向かって歩み寄ろうとすると、背後から声がした。
「危ないところでしたね、長岡さん?
それにしても、まったく・・・夜とは言え、こんないつ人が来るかわからないところで
しかもそこに部外者が倒れているというのに騒ぎを起こすなんて。
あ、人払いの結界を張っておきましたよ?あなたのお友達もしばらく目を覚まさないでしょう。」
聞き覚えのある声、しかしその声の主は行方をくらましているはずだった。
「・・・やっぱり・・・生きていたのですか、長谷川さん・・・。」
後ろを振り返って私はそう答えた。
そう、やはりそこに立っていたのは漆黒のイブニングドレスに身を包んだ長谷川直美さんだった。

「あれ?もっと驚いてもらえるかと思ったのですけれど。」
そう言って彼女はいつもの穏やかなほほえみを浮かべる。
「なんとなくですけれど、あなたは生きている予感がしました。」
「あらら、アイテムのおかげで予知能力でも身に付きましたか?」
「ただの勘です・・・そして、これも勘ですけど、あなたのご家族を殺したのは・・・あなたですね?」
すると長谷川さんの顔から微笑みが消え、しばしの沈黙が流れた。

「・・・はい、私ですよ。それが何か?」
また微笑みを浮かべてまったく悪びれた様子もなく答える長谷川さん。
「あなたはいったい!・・・いったい何を考えているんですか?
井村さんを殺そうとしたばかりか、家族まで!?さっきのだって私を巻き込んで・・・」
私がそこまで言った時、長谷川さんに言葉を遮られた。
「あなたには直撃しないようにはしましたよ・・・少々荒っぽくなってしまったことは謝りますけれどね。
 それ以外のことは、同じ人殺しのあなたに責められる筋合いはありませんね。」
「・・・知っていたんですか?」
「えぇ、井村さんは気づいていましたけど、
 あなたがたの動向はインプを使って見張らせてもらっていましたから。
 まさか、連続通り魔のあなたに、人を殺した事でとやかく言われるなんて・・・
 長岡さんって意外とユーモアがあるんですね。」
そう言って、長谷川さんはさもおかしそうに笑うのだった。
「たしかに私は、もう何人もの人を殺してきました・・・
 許されるとは思っていませんが、誰かの命をもらわければ私が死ぬからです。
 でも、私だって喜んで殺しているわけじゃないし、決して殺そうとは思わない人だっている。
 あなたは、なんで・・・家族まで殺せるの!?」
「私だって広い意味では生きるためですよ?むこうで倒れてる人や、もう一人に対抗するための・・・
 そしてあなた達にも負けない力を手に入れるためにね。」
彼女と私はしょせん一緒なのだろうか?
・・・違う。何かが違う・・・。

そう思った瞬間、頭にカッと血が上ったような気分になり、
私の口から堰を切ったように言葉が勝手に出ていた。
「たしかに私はっ!私は人の命を代償にしてまで生きてきたわ!
 殺した人の分まで、なんて事はとても言えないけれど普通に学校に通えるようになって、
 友達と話したり、普通に走ることができたり、生まれて初めて体育の授業も受けたりして・・・
 病院に担ぎ込まれる心配もなくそんなことができるっていうだけで
 私は、こんな業を背負ってでも生き長らえて良かったと思った。
 そして、身勝手だけど、大切な人には決して死んで欲しいなんて思ったりしない!
 だけどあなたは・・・あなたは人の生き死になんて関心が無いだけでしょう!?
 自分が生きてるって事にさえ無感動なだけじゃないの!!?」

そこまで一気に言うと長谷川さんの顔からさっと血の気が引き青ざめたようにみえる。
「・・・長岡さんって・・・ずいぶんとおしゃべりな人だったん、ですね・・・・」
そう言って顔を伏せた彼女を私は黙って睨み付けていた。
すると、わずかに彼女の肩が震え始めたような気がした。
始めは気のせいかと思ったが、だんだんと震えは大きくなりはっきりとわかるほどになった。

泣いている・・・?
そう思った時、無邪気な幼女を思わせるようなクスクスという笑い声が聞こえたのだ。
長谷川さんはついに顔を上げたが、
その顔はまるで他愛のない冗談を聞いたように屈託なく笑っているのだった。
何がおかしいの!・・・そう怒鳴ろうとしたが、舌が喉に張り付いたようになって声が出せなかった。
背筋に悪寒が走り、鳥肌が立っているのが分る。この人は狂っている・・・そう思ったのだ。
彼女は涙をぬぐいながらもなおクスクスと笑っている。
「ふふ・・・あはは・・・ごめんなさい・・・私ったら思い出し笑いしちゃって。
 あのね、私、家族の他にも幼なじみを生け贄にしたんです、
 だけどその彼女だけは助けてあげたんですよね、
 ただ、その前にちょっと呪いをかけさせてもらって、彼女の頭の中では決して止むことなく
 彼の惨殺シーンが繰り返し繰り返し再現されているんですよ。
 今頃彼女はどうなっているんでしょうね、その事考えたら私・・・楽しくって楽しくって。」
笑いをこらえながら言った彼女のセリフに
私は神経の内側から何かがざらついているような気持ちだった。
その顔は彼女がいつも浮かべているどこか嘘くさい微笑みではなく、
私が知るかぎり初めて見る心底楽しそうな笑いだった。
まさに友達と一緒にはしゃいでいる子供のような笑い方。

そして、私の目を見ながら彼女はあらためて優しく微笑んだ。
「ありがとう。」
「な・・・」
何を言っているの?という言葉も発することはできなかった。もう何がなんだか分らなくなっている。
「あなたの言葉で私、少し自分のことを見つめ直すことができました。
 そうです、私って何をやっても・・・たとえ楽しいはずのことをやっていても心のどこかでは
 『くだらないな』なんて思いながら生きてきたような気がします。
 私の虚無的な所はそんなことが原因だったのかもしれませんね。」

「・・・。」
彼女の意図のつかめない話に私は何も反応できなかった。
「でもね・・・それもしかたなかったんですよ、それがわかりました。
 私ね、子供の頃からテレビアニメで小鳥が狼に食べられそうになるすんでの所で助かったり
 ドラマで人質の子供が殺されそうになるところを危なく救出されるなんてシーンを見ると
 いつも欲求不満のようなものを感じていたんです。
 なんでいつも助かるんだろう?たまには殺されたって良さそうなものなのにって。
 私ってきっと、本当は残酷なことが大好きだったんですよ。
 でも、そういう欲求はこの世界では「いけないこと」ですよね?
 好きな事を「やってはいけないこと」として押さえ込んで、
 世の中で一般に楽しいって言われてるようなことを
 「好きなこと」って思いこもうとしていたんですね、私。」

そこでいったん言葉を切って例のクスクス笑いをしてから彼女はまだ続けた。
「・・・でも、それももうおしまい。
 幸か不幸か・・・私は誰にも邪魔されずに
 その快楽を味わう事ができるほどの力を手に入れたわけですね。
 ふふふ・・・ああ、馬鹿げてますね本当に・・・あははははっ・・・」
そこまできてようやく私は言葉を絞り出すことに成功した。
「あなたは・・・まだ何をするつもり・・・!?」

「ふふふ、全人類に虚ろな快楽を与え、偽りの楽園に誘ってあげたい。
あらゆる享楽にふけりつつも決して心が満たされることのない生き地獄を味わっているくせに
幸福なそうな顔をして地べたを這いずり回る人々を眺めて嘲り笑うっていうのはどうです?
もっとも、この国ではあまり手を加える必要がなさそうな気がしてきましたけれど。
でも、世の中には生まれて一,二週間後に餓死する子供や何一つ喜びを味わうこともなく
犬死にしていく人々も沢山いるのですから、意義のあることじゃありませんか?
この世界に住むありとあらゆる人々を
平等に爛れた天国へと導くメシアなんてとても楽しそうですし。」
などと、彼女は途方もなく無茶苦茶なことを並べ立てつつ無邪気に笑い続けた。
そんな様子を見て吐き気のようなものがこみ上げてくる私。
そして次の瞬間。
私の体は自然に動き出した。

「・・・・あなたって人はっ・・・!!」
そう叫びながら私は長谷川直美に斬りかかったのだ。


To be continued...

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