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著:ショウさん(@愚者の書庫)  絵:えもん氏

真闘姫 〜THE GIRL'S STRUGGLE FOR EXISTENCE〜 


第六十七話

〜赤口東公園・水田七瀬〜

「最初に言っておきますが、仮契約のあなたに、
 私を眠らせたり操ったりするのは難しいと思いますよ。」
「たぶんそうだろうね。・・・というわけで、プレゼントよ。」
私は、あらかじめ作製しておいた香水を直美に向かって噴霧した。
脳の奥からとろかされてしまいそうな蠱惑的でほのかに甘い香りが漂う。
「この香りは・・・?」
「今に分かるわよ。私の能力は人を操るだけじゃない。」
「なるほど・・・能力をほとんど明かさずにいるなんて、
 さすが演劇部の部長さん、なかなかの役者ですね。」
なんて言って余裕の笑みを浮かべていた直美だが、そんな顔をしていられるのはいまのうち。
私はいきなり直美に背を向けてダッシュで逃げる。
これから起こる惨劇に巻き込まれてはたまらないからだ。
「いきなり逃げですか?そうはいきませんよ!」
直美が黒の聖書を召還して呪文を唱えると次々に雷が落ちてきた。
「うひゃあ、こりゃかなわないや。」
当たらないことを祈りつつ決して振り返らずに全速力で逃げ続ける。
そろそろだと思うんだけどな。
雷が止んだので、立ち止まり、振り返ってみると空を飛んで追いかけてきた直美が
空中に止まっていた。直美の周りには何やら小さな無数の影が飛び回っていて、
彼女はそれを振り払っているようだった。
「おっ、来た来た。わっはは!なおみー!だいじょうぶー!?」
上空の直美に向かって最高の笑顔で思いっきり両手を振ってみた。

「あなた一体何をしたんですか!あぁもう鬱陶しい!!」
直美の周りを飛び回っているのは無数の昆虫だった。この時期なら蛾が一番多いかな。
周りを飛び交う羽虫を必死に振り払っているうちに、今度は鳥やら蝙蝠まで飛んできた。
これは、思ってたより効くな・・・などと暢気に見ていたら、
直美はたまらなくなったのか地上に降りてきた。
その後について降りてくる無数の羽虫と動物。
「燃え尽きろっ!」
直美が一言呪文を唱えると、ほんの一瞬だが巨大な炎の柱が立ちのぼった。
だが、それだけでも羽虫を焼き払い、鳥達を追い払うには十分だったようだ。
「まったく・・・これがさっきの香水の効果ですか。いったい何なのです?」
若干息を切らせて直美が尋ねてきた。

「くっくっくっ・・・それは"求心ロマンティック"って言ってね、平たく言えばモテモテの香りだよ。
 雄雌のある生き物なら何でも雄を引き寄せるの。
 残念ながら人間にだけは効果は無いってのが玉に瑕だけど。
 直美、モテてモテて困っちゃうでしょ?」
そう言ってる内に、辺りから、ある時期に特有の、
なんとも形容しがたい凄まじい鳴き声が幾つも聞こえてきた。
「な・・・なんてえげつない真似をっ!」
さすがの直美も青ざめて顔を引きつらせている。
やがて、おびただしい数の犬、猫、イタチにネズミ、
果てはカエルにトカゲに、ありとあらゆる昆虫、
そして空からは、また性懲りもなく蝙蝠やら鳥やらが集まってきた。
この町中でこんなにも沢山の生き物が生息していたのかと驚いた。
それらのあまりの数に直美の姿が見えなくなりそうなほどだ。こりゃあすごいや。
「この連中は全部、あなたが理想のパートナーに見えてるのよ、すごいでしょ。」
直美はもはや私の言葉に返事をする余裕もないらしく、
鬼のような形相で近寄ってくる生物を片っ端から火葬しているが、
それでも飛びかかっていく動物たちの勢いが弱まることはない。
いやはや、雄の本能ってのは凄いね。

直美は一生懸命に呪文を唱えているが、時々口の中にまで虫が入ってくるようで、
時々ペッペッと虫をはき出しながらも炎の嵐を呼び出し、
稲妻を落とし、数匹の生き物をまとめて凍結させたりしている。
そろそろ、効果が切れるだろう、
この間に私はもうちょっと距離を稼いでおかなければならない。
「それじゃ、がんばれ!」
あわれな直美を置いて私は再び駆けだした。
ものの五分ほど走り続けた頃だろうか、ちょっと疲れたので立ち止まって呼吸を整えると、
程なくして直美が、ものすごい速度で空を飛んで来た。かなり怒っているようだ。
生き物はもう追いかけてきていないようなので、効果が切れたのだろう。
私を見つけた直美が地上に舞い降りて来た。顔を真っ赤に上気させている。
「まったく、酷い目に合いましたよ。だけどあんなもので私を倒せるわけがないでしょう?
さあ、どうします?もう簡単には香水など喰らいませんよ。」
「ははは、どうしようかな。」
私は朗らかに笑ってみた。

「何がおかしいんですか?
 この距離なら、すぐにでも止めを刺せるんですよ?まだ何か策が・・・」
そこで直美が戸惑ったように口を止めて唇に手を当て、眉間に皺を寄せて首をかしげた。
「香水なんかには縁のなさそうな直美に一つレクチャーしてあげましょうかね。
 香水っていうのは本来、三つの香りで構成されているの。
 最初にホワッと香るのがトップノート。これはすぐ消えちゃうけどね。
 そして、次がミドルノート。この香りは長く保つんだよ、これが香水のメインと言ってもいいわ。
 そして、最後がラストノート。ちょっと動いたりすると香るのよ。」
そこまで聞いた直美が、ハッとしたような顔になる。
「わかったみたいね、
 今あなたの身に起こった異変はミドルノートが効果を現し始めたってわけ。
 さっきの"求心ロマンティック"はトップノートにすぎないんだよね。」

私の使う香りは単独でも使えるのだけど、香水として三種を合わせると真価を発揮する。
トップノートはすぐに消えてしまう代わりに即効性がある。
ミドルノートはトップが消えてからじゃないと効果が現れない代わりに効き目が強化される。
ラストノートはミドルが続いてる間、対象が指一本でも動かすと効果を現す。
加えて効き目はミドルよりもさらに強められる。
というわけで、トップノートで直美自身に効果を現す香りは効きづらいと考えて、
直美自身ではなく、周囲の何かに影響を与える香りをセレクトしたのだ。
ミドルノートで強められた香りはうまく効果を発揮してくれたようだ、
さっきから直美がおとなしくなったのはそのせいである。
名付けて"黄金デモステネス"、神経に作用して舌などが麻痺し、口が聞けなくなってしまう香りだ。

直美はキッと眉をつり上げると、黒の聖書を消して、
代わりとばかりに右手に嵐の魔剣が左手に炎の剣が現れた。
やっぱり呪文が唱えられないと魔法が使えないらしい。
「長岡さんの剣ね・・・、ここからが正念場か。」
直美は剣をかまえたものの、私を睨み付けたまま動こうとしない。
どうやら未だ現れていない第三の香りの効果を気にしているようだ。
よしよし、作戦通りに事は運んでいるぞっと。
私は無造作に直美に向かって歩いていった。
それが、あまりに無警戒であったためか直美も一瞬あっけにとられたようだが、
すぐに気を取り直したようで、
直美の方から間合いを詰めて左右の剣を私に向かって振り下ろしてきた。
さて、どうなる私。このままじゃスライス確定ね。


To be continued...

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